浮洲岩跡

かつて藤戸海岸の海の底だった田園のなかをしばらく進むと、円形の凹地に「浮洲岩」の文字が刻まれた石碑があります。かつてここに巨石があって、海から浮き出ていたとされる岩のあった場所です。 その文字は、三代目岡山藩主・池田光政に仕えた高名な儒学者・熊沢蕃山の書と伝わり、京の都で天下人たちが愛でた浮州岩(藤戸岩)があった地を末永く語り継ぎたいとの思いが託されています。 その巨石は、今も京都の醍醐寺三宝院の庭に置かれています。

住所

倉敷市粒江

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足高神社

歴史・旧跡|倉敷エリア
現存する神社記録の最古の書は、平安時代・醍醐天皇延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳である。この書のなかに記載されており、備中18社の1に数える最古社である。 御鎮座の年代は、第10代崇神天皇の御代に勧請された。 寛和元年(985)花山天皇の御代、足高神社神宮寺神遊山、神宮寺遍照院に三重塔が建立された。 天暦元年(947)2月16日村上天皇は藤原兼成卿を遣わして、奉幣御祈願の儀があった。翌3年不思議な霊験があって神殿を御造営になり、有紋の御幕勅書を奉納され、乾元元年(1243)後二条天皇の御代、足高八幡大菩薩の勅額の下賜があった。 延慶元年(1308)花園天皇の御代、勅額と獅子頭一対を下賜。また、建徳元年(1370)九州探題として赴任の今川定世公は、海路の航海の安全を祈願され狛犬を奉納した。 徳川時代備前池田公の支藩、鴨方池田氏の祈願所として尊崇せられ、代継ぎの際は、代々必ず参拝された。 足高山は、4百年前は、海中に浮かぶ一孤島であり、小竹島、笹島、戸島、藤戸島、吉備の小島、奥津島とも呼ばれ、東西航行の要路であり、潮流が激しく鳴門の如く、渦が巻いていたといわれており、通る船は、全て帆を下げ、島上の足高の神に、敬意を表し難を逃れた為、「帆下げの宮」と称して、崇め奉られた。古の海路は、現在、国道2号線(旧バイパス)となり、船に代わり、車の交通安全が盛んとなっている。(岡山県神社庁より抜粋)
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倉敷館(観光案内所)

その他|倉敷エリア
1917(大正6)年に倉敷町役場として建てられた洋風木造建築。現在は観光案内所として観光ガイドや観光施設などの紹介を行うほか、無料休憩所として自動販売機やコインロッカー、トイレを備えています。観光の起点や情報収集に便利なスポットです。 ※倉敷市指定重要文化財 くらしき川舟流しのチケットもこちらで販売しております。  施設の長寿命化、バリアフリー化等、利用者の利便性向上を目的に行っていた改修工事を経て、令和2年2月16日(日)にリニューアルオープンしました。     【リニューアルオープン後の施設利用案内】   ◆利用時間:9時~18時        (年中無休。ただし、年末年始は変更の場合あり。)   ◆連絡先:観光案内所(086-422-0542)   ◆施設内容    1階…観光案内所、休憩所、コインロッカー      自動販売機、公衆トイレ      「くらしき川舟流し」チケットの販売    2階…休憩所、授乳室、おむつ交換台    【主な改修内容】   ◇1階多目的トイレ内に、ユニバーサルシート    オストメイトを設置しました。   ◇トイレの便器数を増やし、    洋便器には温水洗浄便座・暖房便座を完備しました。   ◇エレベーターを新設し、    2階を休憩所として自由にご利用いただけます。    (2階へは、新設したエレベーターでの利用となります。     階段の利用はできません。)   ◇2階に授乳室を設置しました。    (おむつ交換台、流し台等もご利用いただけます。)    ※授乳室にも、おむつ交換台(1基)を設置しました。   ◇諸室の模様替え、新耐震基準に準ずる耐震壁や    梁等の新設、屋根瓦の葺き直し、外部内部壁等の    塗り替えなどの工事を行いました。  問い合わせ先   倉敷館(観光案内所) TEL.(086)422-0542   観光課 TEL.(086)426-3411   
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