新町(町並み保存地区)

玉島エリアの干拓工事成功を祈願した羽黒神社の西側には、かつて問屋街として栄えた新町があります。潮止堤防の上に築かれたこの町は、かつてこの堤防上に問屋を営む商人が誘致され、海にのぞんだ南側に、千石船が入港できる船着場も整備され、備中の玄関口として大いなる発展の道をたどりました。現在は、県の町並み保存地区に指定されており、この新町筋には、切り妻造り、本瓦葺き、虫籠窓の商家や重厚な造りの土蔵など、当時の繁栄をしのばせる大店の、重厚な伝統的建物の商家が多く残っています。 また、その歴史は、「荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間~北前船寄港地・船主集落~」として、下津井町並み保存地区などとともに、平成30年に日本遺産に認定されました。

住所

倉敷市玉島阿賀崎~玉島中央町

電話番号

086-526-8446(新倉敷駅観光案内所)
086-522-8114(倉敷市玉島支所産業課)

アクセス

JR新倉敷駅から車で約10分

同じカテゴリのスポット

足高神社

歴史・旧跡|倉敷エリア
現存する神社記録の最古の書は、平安時代・醍醐天皇延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳である。この書のなかに記載されており、備中18社の1に数える最古社である。 御鎮座の年代は、第10代崇神天皇の御代に勧請された。 寛和元年(985)花山天皇の御代、足高神社神宮寺神遊山、神宮寺遍照院に三重塔が建立された。 天暦元年(947)2月16日村上天皇は藤原兼成卿を遣わして、奉幣御祈願の儀があった。翌3年不思議な霊験があって神殿を御造営になり、有紋の御幕勅書を奉納され、乾元元年(1243)後二条天皇の御代、足高八幡大菩薩の勅額の下賜があった。 延慶元年(1308)花園天皇の御代、勅額と獅子頭一対を下賜。また、建徳元年(1370)九州探題として赴任の今川定世公は、海路の航海の安全を祈願され狛犬を奉納した。 徳川時代備前池田公の支藩、鴨方池田氏の祈願所として尊崇せられ、代継ぎの際は、代々必ず参拝された。 足高山は、4百年前は、海中に浮かぶ一孤島であり、小竹島、笹島、戸島、藤戸島、吉備の小島、奥津島とも呼ばれ、東西航行の要路であり、潮流が激しく鳴門の如く、渦が巻いていたといわれており、通る船は、全て帆を下げ、島上の足高の神に、敬意を表し難を逃れた為、「帆下げの宮」と称して、崇め奉られた。古の海路は、現在、国道2号線(旧バイパス)となり、船に代わり、車の交通安全が盛んとなっている。(岡山県神社庁より抜粋)
  • もっと見る

同じエリアのスポット