株式会社 丸五

茶屋町エリア|大正時代の創業

労働現場の安全と安心を支える

地下足袋、安全作業用品製造

「丸五」の社名に込められた願い

 丸五の創業は大正8年(1919年)。創業者の藤木伊太郎氏はそれ以前より座敷足袋の製造を行っており、創業の2年前には既に人力車のタイヤを加工して縫い付けた「縫付式地下足袋」を考案していました。会社はこの地下足袋の一貫生産を目指して「丸五足袋株式会社」として創業され、社名は「真摯な気性で円満で勢いよく、さらに世界の5大陸へ飛躍しよう」という願いが込められたものだと言われます。  地下足袋は産業発展を迎えていた日本中の労働者に歓迎され、当時としては大規模な600人の従業員がその生産に追われるようになりました。続いて大正13年(1924年)にはドイツ人技師指導の下、革靴の生産も開始。そして昭和5年には屈曲性に優れたゴム引きの作業手袋「万年軍手」が開発されました。この手袋は全国的なヒット商品となり、地下足袋とともに国内にとどまらず、朝鮮、中国、台湾、ハワイなどへも輸出されることとなります。戦前戦中には茶屋町駅から工場まで専用の鉄道線が引き込まれ、連日のように貨車を使って大量の地下足袋や軍手が発送されていました。

安全作業用品メーカーとして

 戦後になり、JIS(日本工業規格)の認証を経て昭和40年代にはスポーツやカジュアル市場に進出。そして現在では、安全作業用品メーカーとして労働現場の安全と安心を支える商品づくりが続けられます。主なカテゴリーとしては安全スニーカー、地下足袋、祭り足袋、ガーデニングシューズ、職域シューズ、ブーツ、手袋などで、足元に関しては、今では安全スニーカーに類するものと地下足袋との比率が半々ぐらい。というのも、労働環境の変化により特に法律的な理由で地下足袋よりも安全スニーカーが用いられることが増えてきたからで、「日本保安用品協会」認定の防護性能を備えた商品が多数ラインナップされています。

原点の地下足袋をもう一度

 創業当初、「5大陸へ飛躍しよう」と掲げられた目標は世界37か国への販売実績でほぼ成し遂げられたと言っても良い丸五。今後については原点である地下足袋の機能をもう一度見直した上で、新たな分野の新商品として展開していくことが目標です。 (2022.2更新)

所在地

〒710-1101 倉敷市茶屋町1680-1

電話番号

086-428-0230

代表者

福田正彦(代表取締役社長)

創業

大正8年(1919年)

従業員数

140

ホームページ

https://www.marugo.ne.jp/