立花容器 株式会社

玉島エリア|大正時代の創業

プラスチック製、木製容器の製造販売メーカー

ペットボトル商品・各種プラスチック容器・木製樽、桶の製造販売をおこなっています。

大正4年(1915年) 初代立花喜太郎氏が「立花製樽所」を創業

 倉敷市玉島地区周辺では、古くから酒造りや味噌・醤油造りが盛んに行なわれており、それに伴い製樽業も地場産業として根付いていました。  玉島の地で生まれ育った創業者立花喜太郎氏は、11歳から20歳まで地元の木樽店へ弟子入りをして製樽技術を学んだ後、大正4年(1915年)木製桶・樽の製造販売を目的として「立花製樽所」を創業。当時、製樽業は盛んな地場産業であったため競争相手も多く、自らの足で顧客先を回り、直接お客の声を聞くことで商品の質を高め、お客のニーズにあった物作りを進めて行きました。そのこまめな営業と創業者喜太郎氏自身の温厚で誠実な性格が功を奏して、次第に信用を築き修理や新調の仕事を順調に増やして行きました。

時代とともに変わりゆく「樽」「桶」

 時代も昭和に入ると、戦時中は兵隊の食糧運搬用として多くの樽が必要となり、「立花製樽所」でも軍用樽(4斗樽)の製造を行うようになりました。製造数の約7割から8割が軍用樽を占めました。戦後になると、主力であった酒樽にかわって一升瓶へとお酒の容器もかわり、並行して仕込み桶も木製からホーロー製へとかわって行きました。そんな中、同社では、醤油用の樽、桶に活路を求めて業務をシフトして行きました。当時関東地区では、醤油樽は1斗樽しか製造されておらず、4斗樽の製造技術を持っていた同社は、昭和30年(1955年)に2代目立花信夫氏が後を引き継ぎ「立花容器 株式会社」として法人化した後、関東進出を機に「樽屋の立花」として知名度を上げ、「日本一の樽屋」と呼ばれるほど業界を代表する会社へと成長して行きました。  経済の高度成長とともに産業構造の急激な変動がもたらされ、その後、原料の急激な価格低下傾向と工賃の上昇傾向の時代変化に着目した2代目立花信夫氏は、木製樽からプラスチック樽への転換を決意し、昭和36年(1961年)「株式会社寺岡製作所」に生産依頼をおこないました。自動成形機によるポリエチレン樹脂製の「ポリ樽」は、安定した品質で量産され、これまでのような手作り木製樽の製造量の比ではありませんでした。現在はすっかりお馴染みのポリ容器ですが、当時は、家庭用、業務用ともに普及に至るまで大変なご苦労があったそうです。

新しい分野にも視野をひろげて

 現在は、3代目岡野邦男社長のもと、創業地玉島から矢掛町へ本社機能を移転し、玉島と矢掛にインジェクション成形やプロ―成形でのプラスチック容器の製造工場を設けています。
全国各地に営業所を構えており幅広いネットワークを駆使し主力のペットボトル製品をはじめとし各種プラスチック容器や創業当時からの伝統技術を受け継いだ木製桶樽の製造販売を行っております。
最近では、木製品を中心としたECサイト「チアフルライフ」を開設し陽気で明るく楽しい生活を実現する商品を新たに考楽し消費者に向けて提案していきます。

所在地

〒713-8577 倉敷市玉島柏島7047 木製工場

電話番号

086-528-2417

代表者

岡野邦男(代表取締役社長)

創業

大正4年(1915年)

従業員数

125

ホームページ

http://www.spac.co.jp