醸造蔵元 熊屋酒造 有限会社

児島エリア|平安~江戸時代の創業

元祖は熊野からやってきた宮大工

清酒製造販売

享保元年(1716年) 庵谷伊七氏が「熊屋本家」を創業

 倉敷市林地区には、重要文化財に指定されている大宝元年(701年)創建の熊野神社(日本第一熊野十二社権現宮)があり、そのすぐ近くに江戸時代創業の歴史ある老舗蔵元「熊屋酒造」があります。その歴史はとても古く江戸時代にさかのぼります。その歴史を振り返ってみると、庵谷家先祖が、熊野(和歌山県)から熊野神社の改築、修繕工事の為、児島に移住して来ます。その後、この地で代々米作りをしていました。  享保元(1716)年、倉敷市林にて初代庵谷伊七(いほりやいしち)氏が、「熊屋本家」として清酒製造販売業を創業。お米作りから酒造りになったきっかけは、近くに住む分家の味噌醸造元より醸造の方法を学んだ初代が、自分の畑で獲れた米を使いお酒を造り始めたからと伝えられています。明治時代に入ると、日清戦争など戦争による影響でお酒の需要も増え、お酒を造ればすべて売れてしまうほど大忙しだったそうです。明治30年(1897年)には社名を「熊屋本家酒造」とし、この頃は熊野神社へ多くの参拝客が訪れていたこともあり、旅館、商店などが建ち並ぶ周辺の通りは、たいへん賑わっていたそうです。

戦後復興とともに再出発

 昭和に入ると、戦争が再び起こり、戦時中は、酒蔵で飛行機「ゼロ戦」を造っていたそうです。蔵人も大勢戦争で亡くなり、戦後酒造りを再開する際も大変な苦労がありました。その後、酒造りを再開して、昭和30年(1955年)に「熊屋酒造有限会社」として法人化とします。その後、戦後の復興とともに次第に酒造りも軌道に乗り、高度成長期に併せるように、お酒の出荷も増加していきます。また、老朽化していた建物も鉄筋コンクリートの蔵に建て替え、日本で第一号となる自動しぼり機を導入するなど設備を整えていきます。  平成に入ると、平成14年(2002年)に日本第一「熊野神社」中床が、火事により焼失したため、熊屋酒造の明治以前の歴史的文献書物も同時に焼失してしまいますが、代々受け継がれた伝統の技とお酒造りに対する蔵人の想いは、今もなお銘酒「伊七」とともに生き続けています。また、イベントなどに積極的に参加してお客様の直の声を聞き、その言葉を酒造りに活かして「誰が飲んでも美味しいと言って貰える様なそんなお酒」を造るべく、酒づくりを続けています。

所在地

〒710-0142 倉敷市林705

電話番号

086-485-0007

代表者

庵谷晴男(代表取締役)

創業

享保元年(1716年)

従業員数

6

ホームページ

 http://www.41sake.com/home/kumaya