
鯉喰神社(こいくいじんじゃ)
庄エリア|歴史的建造物・神社仏閣・史跡
桃太郎伝説ゆかりの旧跡



桃太郎伝説に思いをはせる
倉敷市の矢部の旧道沿いにひっそりとたたずむに鯉喰神社。
ここは桃太郎伝説ゆかりの旧跡です。
現地案内板によると、
「吉備の国平定(へいてい)のため吉備津彦命(きびつひこのみこと)が来られたとき、
この地方の賊、温羅(うら)が村人達を苦しめていた。
戦を行ったがなかなか勝負がつかない。
その時天より声がし、命がそれに従うと、温羅はついに矢尽き、刀折れて、
自分の血で染まった川へ鯉となって逃れた。
すぐ命は鵜となり、鯉に姿を変えた温羅をこの場所で捕食した。
それを祭るため村人達はここに鯉喰神社を建立した」
とあります。
社殿は元禄14年(1701年)4月、天保13年(1842年)3月に造営し現在に至る。
大正6年(1917年)4月、庄村矢部字向山村社楯築神社を合祀した。
大正6年(1917年)10月4日神饌幣帛供進神社に指定された。
(岡山県神社庁より抜粋)
(2019.11更新)
ここは桃太郎伝説ゆかりの旧跡です。
現地案内板によると、
「吉備の国平定(へいてい)のため吉備津彦命(きびつひこのみこと)が来られたとき、
この地方の賊、温羅(うら)が村人達を苦しめていた。
戦を行ったがなかなか勝負がつかない。
その時天より声がし、命がそれに従うと、温羅はついに矢尽き、刀折れて、
自分の血で染まった川へ鯉となって逃れた。
すぐ命は鵜となり、鯉に姿を変えた温羅をこの場所で捕食した。
それを祭るため村人達はここに鯉喰神社を建立した」
とあります。
社殿は元禄14年(1701年)4月、天保13年(1842年)3月に造営し現在に至る。
大正6年(1917年)4月、庄村矢部字向山村社楯築神社を合祀した。
大正6年(1917年)10月4日神饌幣帛供進神社に指定された。
(岡山県神社庁より抜粋)
(2019.11更新)
団体名
鯉喰神社
所在地
倉敷市矢部109
電話番号
—
ポイント
アクセス:
岡山総社ICから車で約10分
倉敷ICから車で約10分
駐車場:なし
※周辺道路の幅員が狭いので注意
関連リンク(ミュージアム外)