倉敷代官所跡

倉敷エリア|歴史的建造物・神社仏閣・史跡

徳川幕府直轄領(天領)の碑

石碑

倉敷代官所

慶長5年(1600年)、関が原の戦いで徳川家康を中心とする東軍が勝利し、 この地は徳川幕府の天領となりました。そして、慶長19年(1614年)、大坂冬の陣に備中国総代官小堀遠州が幕府の命をうけ、兵糧米十数万石を倉敷湊から大阪に積み出すため、ここに屋敷を構えて陣屋としました。それ以来、倉敷湊は急速な発展を遂げ、寛永19年(1642年)、陣屋は倉敷代官所となり、初代幕府代官米倉平太夫が赴任しました。
慶応4年(1868年)1月、廃藩置県により倉敷代官所が廃止、倉敷県へ移管され、倉敷代官所は同県庁となりましたが、明治4年(1872年)、周辺県と統合して小田県(深津県)となり、倉敷県庁は廃止になりました。
明治21年(1888年)、倉敷紡績所(クラボウ)の敷地となり、翌年同工場が建設されました。同工場廃止後、外観と立木は全て保存され、1973年に、ホテルとして開発したのが、倉敷アイビースクエアです。その敷地内には、石碑、堀跡、井戸跡などが残されています。(2015.09)

所在地

〒710-0054 倉敷市本町7-2 倉敷アイビースクエア内

電話番号

ポイント

かつて徳川幕府の天領であったことを記す史跡