観る・遊ぶ。倉敷の見どころ満載!

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カテゴリー:「歴史・旧跡」

明治10年(1877)に連島で生まれた薄田泣菫の生家。構えに品格があり、キンモクセイやエンジュなど様々な木や草花が育つ庭が建物を取り囲んでいる。 生家内には芥川龍之介や与謝野晶子など交友のあった文人たちからの書簡も展示されている。 …続きを読む

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王墓山丘陵に存在するこの古墳は,明治末年に破壊されて,その形が著しく変形されており,その大きさや形については明らかではありません。石室は横穴式だったと思われますが,これも石材が抜き取られています。  井原市で産出する浪形石で造られた家形石棺が墳丘の裾に残され …続きを読む

明治26年、倉敷紡績の初代社長大原孝四郎氏の別荘として建設されたもので、和風建築として高く評価されました。 その後、広く一般に開放されて、市民の憩いの場として親しまれてきました。 現在は「敬倹堂(ケイケンドウ)」、本格的な茶室を備えた「游心亭(ユウシンテイ)」があり …続きを読む

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倉敷市域北東の岡山市と境を接するあたりに広がる王墓山丘陵の北端、楯築神社の境内を中心とする弥生時代後期の墳丘墓です。 自然地形を利用し盛り土を行って整えられて墳丘の規模は、現在知られている弥生時代の墳丘墓としては最大級です。円丘部は径約50m、高さ5m。墳丘頂部 …続きを読む

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海峡へ乗り出した佐々木盛綱は、海が少し浅くなっている地点に鞭をつき休みました。 その鞭がいつしか巨木に育ち、地名になったといわれています。 …続きを読む

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かつて藤戸海岸の海の底だった田園のなかをしばらく進むと、円形の凹地に「浮洲岩」の文字が刻まれた石碑があります。かつてここに巨石があって、海から浮き出ていたとされる岩のあった場所です。 その文字は、三代目岡山藩主・池田光政に仕えた高名な儒学者・熊沢蕃山の書と伝わ …続きを読む

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平家が本陣を置き、かがり火を焚いたという平家本陣跡にはお地蔵様が祀られ、地区の人たちは「篝地蔵」と呼んで大切にしています。 今はのどかな農村風景となっています。 …続きを読む

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下津井の町並みの西、海の突き出す岬の丘の上に「下津井の祇園さま」が鎮座します。玉垣には、海の守護神に航海の安全を祈願した日本海地方の北前船の船主や遊女らの名も混じります。 またこの港町には多くの歌人や小説家も訪れ、境内付近には下津井や瀬戸内を詠んだ歌碑も数多く …続きを読む

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盛綱が藤戸寺で大法要を営んだ際、書写した経文をこの小島に埋めたことから名前がついたといわれています。 頂上に古びた宝きょう印塔(経塚)と六角形の石塔婆(漁塚)があり、 佐々木盛綱に浅瀬を教えた「浦の男」の供養に建てられたとされます。 …続きを読む


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