かつて早島は瀬戸内海に浮かぶ島でした。戦国時代の末期、長い年月をかけて干潟化した大地に堤が築かれ干拓が始まりました。干拓で生まれた土地に人々は塩に強いイ草を栽培します。収穫後は畳表を織り、一大産地として全国的に知られる存在に。また、明治時代には、染色したイ草で美しい模様を織り出す花筵(花ござ)が急速に発展し、主に海外へ輸出しました。イ草同様に早島ににぎわいをもたらしたのが金毘羅往来です。江戸時代、四国金毘羅大権現(香川県琴平町)が広く信仰を集め、諸国から参詣者が金毘羅を目指しました。早島では、この金比羅への2つの参詣ルートが合流しており、多くの人が行き交う往来の沿線には、たくさんの旅籠や茶屋が並んだとのことです。干拓、イ草、金毘羅往来などで発展した歴史を持つ早島町。散歩道「不老のみち」では往時をしのばせる名所・旧跡をめぐり、早島町ならではの文化にひたれます。
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いかしの舎
イ草の町として隆盛を極めた早島町で、畳表・経糸の問屋で財を成した寺山家の明治時代後期の町家を改修。地域の多目的文化交流の拠点として親しまれています。かつての金毘羅往来に面して建つ蔵のまなこ壁や重厚な造りの長屋門が、当時の繁栄を物語ります。施設内は、使用中以外は見学自由で、展示室や研修室、茶室などは美術展示会やミニコンサートといったさまざまな文化活動の場として開放。四季折々の彩りが美しい庭が見える蔵は喫茶室になっており、ランチから飲み物、デザート、会席料理(予約制)まで幅広いメニューが楽しめます。
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早島町歴史民俗資料館
早島町とイ草との関わりを紹介する貴重な資料を展示。江戸時代中期発刊の百科事典『和漢三才図絵』に備中の畳表の産地として早島の名が挙げられ、早島で織った畳表は「早島表」の名で大坂や江戸へ出荷されており、早島の名が全国に知られたことなど、イ草の変遷がたどれます。また、イ草の苗割りから天日干しまでをかつての写真で紹介。当時の過酷な重労働の様子がうかがい知れます。隣接の「花ござ手織り伝承館」では手織り実演の見学と体験が可能です(火・金曜の午後、予約制)。
早島町役場生涯学習課 TEL.086-482-1511
水路
岡山市と倉敷市に囲まれて、交通の便も良く、ベッドタウンの顔をもつ早島町。町を歩けば、縦横に走る水路が田園風景に趣を添えます。戦国時代後期に行われた汐止め堤防の築堤を期に江戸時代、干拓により広大な土地が生まれ、人々はその地で塩分に強いイ草を栽培。イ草と畳表の産地として名を馳せるようになりました。干拓地ゆえ自然河川を持たない早島町にとって、水の確保が課題でした。当時も今も早島町の主要水源は高梁川。酒津配水池から八カ郷用水を通じて早島まで配水された水は、用水路により町内へ運ばれ、豊かな水が農地を潤しました。現在も、町内随所で干拓の歴史を伝える水路の風景が広がっています。
早島町役場まちづくり企画課 TEL.086-482-0612
お話をうかがった
早島観光
ボランティアガイド
曽我 陽一郎さん
町の小さなパン屋さん
momo
北海道の小麦を使い、無添加で、焼き立てを提供することにこだわるパン屋さん。具との相性や食感などに合わせて約5種類の生地を使い分け、メロンパンやクロワッサンといった定番から季節商品まで、毎日食べても飽きない優しい味わいのパンが店頭に並びます。卵や牛乳を使わない商品も手がけ、お手頃な価格も魅力です。











