株式会社 仁科百貨店

水島エリア|明治時代の創業

「誠心誠意」感謝の心で

食料品を中心に豊富な品揃えで、地域密着型の郊外型店舗「ニシナフードバスケット」の運営をおこなっています。

明治33年(1900年)、初代仁科喜惣治が万屋「濱中屋」を創業

 仁科家の歴史は古く、徳川期において代々代官職をつとめておりました。家祖仁科平八郎氏は、備中国浅口郡里庄村浜中出身であり、嘉永の頃、当福田新田村が干拓開墾される際、浜中より中畝の里に移住したと伝えられています。平八郎氏は、農地開墾に精励し家門の基礎を確立していき、また、中畝邑判頭として村創りを先導して行きました。息子の仁科信次郎氏が後を継いだ後、明治33年(1900年)農業の傍ら商いに才のあった初代仁科喜惣治(きそうじ)氏が、万屋「濱中屋」(はまなかや)として創業したのが、現在の仁科百貨店の始まりです。初代喜惣治氏は、正直、厳格、倹約家であり、終生信仰心が篤い人であったそうで、今も福田神社に残されている大きな手水鉢は初代喜惣治氏が奉納したものです。

幾度となく訪れた試練を乗り越えて

 現在は29店舗(従業員数 約1,714名)の郊外型店舗「ニシナフードバスケット」をチェーン展開する地元でも有数の企業へと発展したが、その道のりは決して容易なものではなかったのです。幾度となく試練が訪れ、昭和15年(1940年)には、水島で航空機製作所が建設されることになり、土地、店舗、倉庫など建物一切を強制収用されてしまい廃業寸前まで追い込まれました。それでも2代目静男は決して諦めず、苦労を重ねて昭和17年(1942年)に工場の近くに新店舗を構え、三菱製作所指定店となり、工場の従業員向けに商いを再開します。しかし、わずか2年ほどで再び勤労動員学徒の慰労施設として強制収用されてしまいます。

「誠心誠意」の心で、地元でも有数の企業へと発展

 そして終戦後、収用されていたお餅やパンの工場を払い下げてもらうことになり、そこから快進撃が始まります。昭和24年(1949年)、「濱中屋」を改め、「株式会社仁科百貨店」を設立。先見の目があった2代目静男は翌年、撤退予定の「水島百貨店」を吸収合併し、現在の水島本店のある水島常盤町に進出し、水島コンビナートの建設など水島の街の発展とともに順調に会社を成長させて行ったのです。
 昭和37年(1962年)には水島常盤町に水島本店を開店。その後、3代目仁科省吾氏、4代目仁科正己(現代表取締役社長)氏へと受け継がれ、現在も、創業当時から受け継がれた社訓である「誠心誠意」の心でお客様に接し、お客様に感謝の心を忘れず社員一同一丸となってお客様に喜ばれ、信頼されるサービスの提供に努めています。 (2021.11更新)

所在地

〒712-8011 倉敷市連島町連島1990

電話番号

086-466-7710

代表者

仁科正己(代表取締役社長)

創業

明治33年(1900年)

従業員数

1779

ホームページ

https://www.nishina.co.jp