中原畳店

船穂エリア|明治時代の創業

畳製造販売業

い草の独特の清涼感のある豊かな香りが漂い、懐かしさと共に心が安ぐ癒しの「畳」を作り続けています。 現在は新工場(船穂1929-1)で作業しています。

自然豊かな倉敷市船穂町

岡山三大河川のひとつ「高梁川」の下流域、西側に位置する船穂町といえば、ぶどう、桃、スイートピーなど果樹、花卉(かき)の栽培を中心とした農業が盛んなところです。江戸時代には一ノ口水門、高瀬通し、二ノ水門といった水路、水門が築かれ、経済の重要な役を担う高瀬船による水運に利用されていました。

明治22年創業以来「畳作り」を代々受け継ぎ

「中原畳店」は明治22年(1889年)、中原庄次郎氏が、江戸時代から続いていた倉敷市片島町巻倒(まきたおし)の実家から分家して、妻の実家のある倉敷市船穂町に畳屋として創業しました。その後2代目中原越二氏、3代目中原夏夫氏と代々、畳製造業を受け継ぎいできました。 現在は、4代目中原健一氏が、夫婦二人で伝統の畳作りを守り続けています。現在でも畳表に使われる原材料の「い草」は国内産にこだわっており、手作りで暖か味のある「畳」を作っています。作業場に入ると、い草の独特の清涼感のある豊かな香りが漂い、懐かしさと共に心が安らぎ癒されます。

日本の伝統文化「畳」を後世へ

そんなこだわりのご主人がひとつ気掛かりなのが、日本の伝統文化が薄れていく事です。これから畳業界自体が、後継者育成という深刻な問題に向き合っていかなくてはならないそうですが、後世へどのようにして古い「技」を伝えていけば良いのかが今後の課題です。「私たちが元気なうちは、一生懸命頑張って日本の伝統文化「畳」をより多くの方に伝えて行きたい」とご主人は語ります。 古来より日本の畳文化は、茶道、華道などと共に発展し、日本の家屋には欠かせないものであり日本人に心の安らぎを与えてくれるものとして身近な存在でした。時代と共に年々、和室が減少。その影響もあり「畳」そのものも年々減少しています。「畳」のぬくもりや香り、さわやかさなどを知らずに育っている子もたくさんいる中で、日本の伝統文化「畳」の良さを後世へ伝えていくことがご主人の願いです。 (2020.12更新)

所在地

〒710-0261 倉敷市船穂町船穂1752-2

※【新工場】倉敷市船穂町船穂1929-1

電話番号

086-552-2261

代表者

中原健一

創業

明治22年(1889年)