白神製袋 株式会社

玉島エリア|大正時代の創業

紙袋・封筒製造業

皆さんにお馴染みの銀行の封筒やレントゲン写真の封筒、お薬の袋など各種紙袋の製造をおこなっています。

歴史ある町 仲買町にて創業

 倉敷市玉島というと白桃やマスカットといった果物がたいへん有名ですが、古くは源氏と平氏の戦った水島源平合戦があった場所としても知られ、また北前船の寄港地として玉島港周辺は賑わい、その周辺には今でも古い建物が多く立ち並び歴史ある町として県外からも多くの人が訪れます。
 そんな歴史ある通りの一角に仲買町(現在の玉島阿賀崎)はあり、明治4年(1871年)、白神仲次郎氏がその地に室屋(むろや)現在の白神紙商店を創業した後、大正2年(1913年)、仲次郎氏の次男である白神善蔵(ぜんぞう)氏が本家より分家して製袋業として「白神製袋」を創業した。創業当時は今ほど機械が優れてはいなかった為、手先の器用な職人を抱えひとつひとつ丁寧に紙に刷毛でのりをつけ手作業(手貼り)で手紙用の封筒などを作っていました。

新しい設備導入に伴い生産性向上

 その後、世の中の近代化に伴い銀行用の封筒(現金封筒)や薬の袋や百貨店の包み紙(包装資材)など次第に取扱いの品種も増え、人の手だけでは足りなくなり当時としては最先端の枚葉機械を入れるなどして対応していきました。昭和30年(1955年)には2代目白神春次(はるじ)氏が父の後を引き継ぎ、レントゲンの袋の仕事を引き受けるなど多様な注文にも対応し、その努力が実り次第に得意先も順調に増えていったようです。
 平成元年(1989年)、3代目白神望(のぞむ)氏が後を引き継ぐと、時代の流れとともに手狭だった旧工場兼倉庫から現在の玉島阿賀崎4丁目に場所を移転。平成5年(1993年)には新工場を完成させ、新しい機械の導入など大きさ、スピード面でも生産能力を向上させていき、それに伴い全国各地から引き合いがあり受注も順調に増えていきます。

岡山県内で唯一の紙袋の製造業者として

 現在は、世の中の風潮でなるべくゴミを出さない様、ノンペーパー化が叫ばれており、また、レントゲン写真のデータ化などにより封筒の受注も減り、包装資材も減少しつつあります。そんな中「白神製袋株式会社」でも平成21年(2009年)に包装資材の販売を止め、現在は紙袋専門工場として枚葉機械で小ロット生産によりお客の様々なニーズに対応し、現金封筒をはじめ薬の袋、各種封筒を中心に長年の実績と信頼により岡山県内で唯一の紙の袋の製造業者として代々受け継がれた事業に社員一同一丸となって取り組んでいます。

所在地

〒713-8121 倉敷市玉島阿賀崎4-9-18

電話番号

086-522-2602

代表者

白神徹(代表取締役)

創業

大正2年(1913年)

従業員数

12