有限会社マルナカ

児島エリア|大正時代の創業

デニム織物製造業

織物・学生服の製造から
様々な分野に事業を拡大

創業者・中村若次郎は、塩田業を営む実家から分家、独立した後、繊維産業に興味を持ち、大正9年(1920年)に織物と学生服の製造を行う株式会社中村若商店を創業しました。昭和16年(1941年)、社長に就任した2代目の中村八千億は事業を拡大し、染色工場、縫製工場を経営しました。ほかにも様々な分野の会社設立に関わり、自ら代表を務めた会社があり、静岡県浜松市浅田町に設立した三和帆布有限会社もその一例でした。しかし終戦の3日前、米軍の爆撃機の攻撃を受けて全焼し、当時の帆布製品は残っていないそうです。

児島でいち早く、デニム生地の製造を手がける

日本で国産ジーンズの開発が始まったのが1960年代半ばのこと。この時はアメリカから輸入した生地を使って、児島で初の国産ジーンズが誕生しました。昭和46年(1971年)に社長に就任した3代目・中村公大は、織物工場で修業し、厚みのある生地の織り方や、織りあげた後の生地の縮みなどについて学び、デニム生地の製造に着手。これは児島のみならず、岡山県内でもかなり早いスタートでした。その7年後には事業をデニムの製造に特化しました。約30年前までは、1日24時間のフル稼働を週に6日間続けていたそうです。

ユーザーから愛され、
取引先に信頼される製品づくり

現代表の中村大成さんは4代目。工場では新旧の織機16台が稼働し、シャトルを通して旧式の機械で織るセルビッチデニムも製造しています。マニアから「赤耳」と呼ばれる赤糸が生地の端に織り込まれたものがあり、独特の色落ちなど、経年変化が愉しめるデニムです。現在、織機は外国製のものがほとんどで非常に高価なため、部品が手に入り、故障しない限り、現在の織機を使い続けていくしかないと言います。しかし日々、製造技術開発に務め、質の高い技術を維持するクラフトマンシップが、取引先から厚い信頼を得ています。 (2023.10)

所在地

倉敷市児島赤崎4-4-9

電話番号

086-473-2611

代表者

中村大成(代表)

従業員数

4名