児島鶴酒造 有限会社

児島エリア|平安~江戸時代の創業

今はなき記憶に残る清酒「児島鶴」

不動産賃貸業

安政6年(1859年)4代目中村権三氏が酒造りを創業

 中村家の歴史は、1750年頃、足袋の製造から始まり、初代から2代目中村権之助氏、3代目中村吉造氏と代々受け継がれ、安政6年(1859年)4代目中村權三氏が足袋の製造業の傍ら、酒造りを始めたのが創業であると伝えられています。最初の頃は、熱処理が上手くいかずにお酒が腐ってしまうなど大変苦労し、試行錯誤の末、ようやく美味しいお酒が造れるようになったそうです。明治に入り、5代目中村吉之助氏の時代になると、足袋の製造は分家した兄弟に任せて酒造りに専業し、児島赤崎内畑地区の地名より「畑乃誉」(はたのほまれ)と名付けてお酒を売り出し、地元でもたいへん美味しいと評判だったそうです。また、地元下津井に蔵を構え、北前船の寄港地だった下津井港からお酒を上方の方へ出荷していたそうです。

銘酒「児島鶴」誕生

 昭和に入ると、6代目中村繁夫氏に受け継がれ、戦争など影響により一時休業しましたが、努力に努力を重ね、お酒造りの方も復興していきます。昭和31年(1956年)には「畑乃誉酒造有限会社」として法人化。当時は、毎年秋頃になるとお酒造りなど盛んだった寄島の方から備中杜氏の蔵人が来て仕込みから製造までおこない、蔵も大勢の蔵人で賑わっていたそうです。
 地元児島に瀬戸大橋が架かるという話を聞き、それがきっかけとなり息子である専務の中村吉明(後の7代目)氏が中心となって、県外の人にも自社のお酒をもっと知って頂きたいとの想いで、昭和44年(1969年)、地元の名である「児島」と縁起物である「鶴」より名付けて「児島鶴」という銘柄に名称を変更したのです。その後、昭和60年(1985年)に「児島鶴酒造有限会社」へ社名変更。昭和63年(1988年)には瀬戸大橋も開通し児島にも多くの観光客が訪れるようになり、その瀬戸大橋ブームの影響もあり、「児島鶴」の売れ行きも順調で、児島を代表するお酒として倉敷市内外にもその名は知れわたって行きます。

酒蔵に刻まれたもう一つの想い

 平成8年(1996年)から8代目中村勇三現社長が後を受け継ぎ、お酒造りの傍ら、先代の頃から手掛けていた不動産賃貸事業やコンビニエンスストアの経営も引き継いで行きます。しかし、長年酒造りをおこなっていた同社にも転機が訪れます。平成16年(2004年)、母の介護のため、長年受け継いできた酒造りと小売業を辞め、不動産賃貸事業のみに事業を縮小していったのです。当時を振り返りご主人は、「当時は苦渋の決断でした。しかし、今では後悔はありません。おかげで十分親孝行が出来ましたので」と笑顔で語られます。現在も瀬戸大橋の橋脚の下、昔の酒蔵の名残やその酒蔵に刻まれた「児島鶴」の名と伴にその想いも大切に残されています。

所在地

〒711-0932 倉敷市菰池1-14-14

電話番号

086-472-2045

代表者

中村勇三(代表取締役)

創業

寛延3年(1750年)