株式会社 なんば建築工房

児島エリア|明治時代の創業

新築・増改築・古民家再生

古い家の古木を活かした古民家再生など、新築・リフォーム・古民家再生工事業を手掛けています。

明治20年(1887年)
大工職人 難波清三郎氏が創業

 明治20年(1887年)、初代難波清三郎(せいざぶろう)氏が、大工として児島上の町に創業。初代清三郎氏は、温厚で腕の良い大工職人として地元でも信頼される大工として数々の仕事を残しました。ある日のこと清三郎氏の耳にとんでもない話が飛び込んできます。それは、東京で関東大震災が発生し、多くの建物が倒壊して壊滅的な事態になっているというものでした。そんな話を聞き、居ても立ってもいられなかった清三郎氏は意を決して、震災後間もなく復興のために遥々岡山から家族で上京し、再建のためその技術を活かし復興のため尽力します。当時息子の2代目難波増市(ますいち)氏も東京で暮らしていた為、東京高等工業学校に通うことになります。その後児島に帰り、東京で学んだことを活かし父の後を受け継ぎ同じく大工の道を進みました。

由加山蓮台寺「八角堂」「多宝塔」へ
伝統の技術を活かして

 昭和初めごろには、3代目難波重喜(しげき)氏が、父の手伝いをしながら大工職人として修業を重ね、仕事の厳しさや技術を学びやがて一人前の大工となり、その後、戦争の影響で大変な苦労を重ねつつ努力に努力を重ね、やがて棟梁となり職人も8人抱えるほどとなり地元でも信頼される大工として仕事も順調に増えていった。昭和60年(1985年)には由加山蓮台寺にある「八角堂」の新築工事を請負い、引き続き昭和61年(1986年)には同じく由加山蓮台寺にある「多宝塔」修繕改築工事を請負うなど歴史的な建物にも多くたずさわっています。

伝統と職人の技を活かした古民家再生

 平成に入ると、4代目難波恭一郎(きょういちろう)氏が、後を引き継ぎ「株式会社なんば建築工房」として法人化、現在は、美観地区のなまこ壁の蔵の修繕工事をはじめ、設計から施工まで一貫した古民家再生を推奨し、古い物をただ新しいものに変えるだけではなく、古い物でも使えるものはその素材を活かし新しく生命を吹き込んでやり、100年後200年後までも長持ちするような家造りを目指して、社員一同代々受け継がれた伝統と職人の技を活かして、柱1本1本願いを込めて温かい家造りに励んでいます。
 また、平成25年(2013年)6月からは5代目として正田順也氏が代表取締社長に就任し、「なんば建築工房」の職人精神と日本の伝統文化を継承する姿勢はそのままに、さらなる発展を目指しています。

所在地

〒711-0907 倉敷市児島上の町1-11-44

電話番号

0120-780-492

代表者

正田順也(代表取締役社長)

創業

明治20年(1887年)

従業員数

43

ホームページ

https://www.nanbakenchiku.co.jp/