宝島寺

水島エリア|歴史的建造物・神社仏閣・史跡

貞観元年(859年)に開かれた由緒あるお寺

貞観元年(859年)に開かれた由緒あるお寺です。仁王門は倉敷市の重要文化財に指定されています。

宝島寺

 貞観元年(859年)、理源大師聖宝(弘法大師の法孫)による開基。真言宗御室派準別格本山。山号は源平合戦の時、那須与一宗高の矢が当山へ漂着し奇譚を示した縁由により矢上山と称されます。本尊は平安時代初期の十一面観音で秘仏として祀られ三十三年毎の開扉。脇侍は不動明王と毘沙門天、その他歓喜天なども祀られています。  開基以後数度の兵火に罹り寺運は興亡をくりかえしました。中世には備中談議所として隆盛し、備中七本寺の一つに数えられ、徳川期には将軍家より十五石を拝領。末寺十、末庵二十を有し、また備中代官であった小堀遠州公からは伽藍復興のため寺領の寄進、庭園や茶室の建立(後に松石亭と改め再建)など賜りました。歴代住職のうちでは、江戸中期、悉曇の大学者で能書家としても全国に知られていた寂嚴和上が著名で、慈雲、良寛と共に三筆(三書僧)として敬仰され、仏典聖教他、関係資料585種が岡山県重要文化財に指定されています。明治期には傑僧釋雲照和上が来住しました。  本堂は寛政10年の再建で、このほか大師堂・十王堂・理源大師堂・鐘楼などがあります。県指定文化財となっている菩薩仏頭は桧材寄木造り。面容は非常に端麗で、鎌倉時代最盛期の稀にみる傑作といわれています。また平安時代作とされる二躯の天部立像は美術史・歴史的価値は極めて高く、平成28年市指定文化財に登録されました。

宝島寺仁王門

 仁王門は室町期永禄年中の建立で倉敷市重要文化財。切り妻単層の屋根で三間一戸八脚門。昭和58年と平成29年に保存修理され丹塗りが鮮やかである。連島は瀬戸内海上の要衝に位置し、古代より海運が栄え県下第二の港として機能していました。室町期薩摩島津の大軍と戦った「海賊大将軍」三宅和泉守国秀が知られていますが、仁王門はこの三宅一族により寄進されました。
 内部後室には慶長の大火にも難を逃れた仁王像が祀られています。遠目からはその姿は格子によって窺いづらいですが、近づいて格子の隙間から中を窺うと、仁王像の迫力のある凛々しいお姿をご覧いただけます。 (2022.2更新)

団体名

宝島寺

所在地

〒712-8015 倉敷市連島町矢柄5633

電話番号

086-444-8035

ポイント

大平山トンネル南側ふもと近くにあります。 
アクセス:宝島寺バス停より徒歩約15分