水島合戦古戦場

玉島エリア|歴史的建造物・神社仏閣・史跡

いにしえの古戦場

源平合戦の古戦場

平家最後の勝ち戦

寿永2年(1183年)、都を追われた平氏軍は九州に逃れたのち、屋島に本拠を移します。 平氏追討のため四国の屋島へと軍をすすめていた源氏の軍勢は、水島が途(現在の玉島湾)で平氏軍に海上戦を挑みました。両軍はそれぞれ、当時は海に浮かぶ島であった倉敷市玉島の乙島と柏島に陣を構えました。 源氏軍は100艘余の船で陣取り、平氏軍は200艘余の船に7千人が乗り込み海上戦を仕掛けた、とされています。この水島合戦では、正午ごろから日食が起き、それを予測していた平氏軍が、海戦に不慣れで動揺した源氏軍に圧勝したとされています。
現在、水玉ブリッジラインの上、玉島大橋の見える位置に記念碑が建てられています。 (2021.11更新)

所在地

倉敷市玉島柏島地内

電話番号

ポイント

玉島港を挟んで玉島大橋の東・西両側にそれぞれ碑があります。
(源氏側の碑は常照院境内)