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倉敷の立役者 大原家の偉業をたどる歴史トラベル

本当にスゴイ倉敷の歴史トリビア教えます!

大原家最大の功績!大原美術館にクローズアップ

孫三郎が創設した我が国最初の私立西洋美術館

1930(昭和5)年、私設では日本で初めての西洋美術館として誕生した大原美術館。西洋美術をはじめ、日本近代洋画、民芸運動ゆかりの作家たちの作品や、東洋の古美術といった多彩な展示と、エル・グレコ、モネらの巨匠の名画を有するコレクションが、多くの美術ファンを魅了しています。その礎を築いたのは、「日本の画学生に、本物の洋画を見せたい」と願った画家・児島虎次郎と、その想いに応え巨額の私財を投じた大原孫三郎、2人の人物。倉敷のシンボルともいえる美術館の魅力に迫ります。

  1. 写真:威風堂々としたたたずまいの大原美術館
  2. 写真:大原美術館分館内部
  3. 写真:ロダン「歩く人」
  1. 01.威風堂々としたたたずまいの大原美術館
  2. 02.大原美術館分館内部
  3. 03.ロダン「歩く人」
どんなアートがあるのかな

孫三郎と虎次郎の強い絆によって誕生。

本館(ほんかん)

エル・グレコ、モネ、ゴーギャン、マティス・・・。古典派から印象派まで、巨匠の洋画を所蔵・展示する本館。ここに飾られている作品の多くは、郷土出身(現在の高梁市)の画家・児島虎次郎が収集してきたものです。彼は孫三郎の支援を受け渡欧し、自身の制作に励むかたわら、「日本の芸術界のため」と作品収集を懇願。かねてから「広く社会に意義あることを」と願っていた孫三郎がその思いに応え、巨額の私財を援助。3度にわたる渡欧で100点以上の西洋画を、倉敷にもたらしました。残念なことに、虎次郎は1929年(昭和4)年、47歳の若さで他界。その早すぎる死を悼んだ孫三郎が、虎次郎の収集した作品、そして虎次郎が描いた作品を公開するため、翌年に設立したのが大原美術館です。世界恐慌がおこる混乱の時代、自身の会社の経営も苦しいなかでの開館は、孫三郎の最後の社会事業となったのです。

  1. 写真:大原美術館 外観
  2. 写真:大原美術館 内観
  3. 写真:フレデリックスの超大作
  1. 01.大原美術館外観:ギリシャ神殿風の建物に日本屋根をデザインした和洋折衷の外観
  2. 02.世界の名画が一堂に。このほか、近・現代作品を展示する増設部分の新展示館もある
  3. 03.本館の大きさを決めたという幅11mもあるフレデリックの超大作
詳しく見る 美術をめぐる旅に行ってきます 本館入り口の両脇に建つロダンの彫刻。太平洋戦争中には、金属供出命令がかかり没収されそうになりましたが、奇跡的に回避。今も当時の姿で多くの人を迎えてくれています。

大原美術館で出会える作品!

写真:児島虎次郎『和服を着たベルギーの少女』

児島虎次郎『和服を着たベルギーの少女』

和服を着た異国の少女の作品は、日本と西洋の融合を表現したもの。大原美術館もそうありたいと願いを込めて、館内で最初に出会う作品として展示されています。

写真:アマン=ジャン『髪』

アマン=ジャン『髪』

虎次郎が収集した最初の西洋絵画であり、美術館としても第一号となる収蔵作品がこちら。「個人としての願いではなく、日本芸術のため」と孫三郎に懇願し購入したもの。

写真:クロード・モネ『睡蓮』

クロード・モネ『睡蓮』

虎次郎がモネのアトリエへ直接行き、熱心に頼んで譲り受けた作品。連作の中から、モネが15年間大切に持っていた本作を日本へ持ち帰ったといわれています。

写真:エル・グレコ『受胎告知』

エル・グレコ『受胎告知』

画廊で本作を偶然見つけた虎次郎が「グレコもぜひ買いたし」と孫三郎に打診。高額作品でしたが、「グレコ買え」の孫三郎の一声で入手。「日本にあることが奇跡」といわれる本作は、必見です。

写真:セガンティーニ『アルプスの真昼』

セガンティーニ『アルプスの真昼』

1922(大正11)年、3度目の渡欧の際に虎次郎が購入した作品です。虎次郎がセガンティーニの作品と出会ってから11年後に購入できた思い入れの深い作品です。

(作品画像提供:大原美術館)

名画にはそれぞれ物語があるんんだ!

「美術館は生きて成長してゆくもの」を信念に、日本の近・現代作品を収集・展示。

分館(ぶんかん)

岸田劉生(りゅうせい)、安井曽太郎、青木繁、関根正二など、日本近代洋画の重鎮たちの作品を展示する分館。ここは、孫三郎の長男である總一郎(そういちろう)が、「美術館は生きて成長してゆくもの」という信念のもと収集した絵画を紹介するため、1961(昭和36)年に創設した展示棟です。總一郎の没後もその想いは引き継がれ、1987(昭和62)年には、地下展示室を増設し、新進気鋭の現代アート作品を多数展示。作家とともに時代を歩んできた大原美術館のスピリットが、今もここに息づいています。

  1. 写真:大原美術館分館 展示室
  2. 写真:大原美術館分館の庭に展示されたロダンの『歩く人』
  3. 写真:関根正二『信仰の悲しみ』
  1. 01.展示室:分館1階に集められた、日本近代コレクションは必見!
  2. 02.庭:分館前に広がる芝生には、ロダンの『歩く人』などの作品を展示
  3. 03.関根正二の『信仰の悲しみ』。国の重要文化財に指定された作品を間近に鑑賞してみよう!
いろんな名画が集まってる! 作家たちの思いが詰まってる展示室!
写真:睡蓮池

工芸・東洋館に行く途中には、睡蓮池が。実はこれ、モネの自宅から株分けされたもので、毎年5~10月に美しい花を咲かせます。

民藝運動の重鎮の作品を個性豊かな展示室で紹介。

工芸館(こうげいかん)

民藝運動の思想に共鳴し、多くの支援を行った孫三郎・總一郎親子。1961(昭和36)年から1963(昭和38)年にかけて建設された工芸館には、濱田庄司、河井寛次郎、棟方志功、芹沢銈介(せりざわけいすけ)など、民藝運動で活躍した作家の作品を、作家別に展示しています。各作家の代表作が一堂に集められることは大変貴重で、大原家との深い親交があったからこそ。展示スペースは大原家の土蔵を改造した建物で、室内・外装を手がけたのは染色家の芹沢銈介。床から、壁、建具、陳列ケースに至るまで、作家ごとにデザインを変えた芹沢の細かな装飾美にも注目を。

  1. 写真:工芸館 外観
  2. 写真:工芸館 棟方志功室
  3. 写真:工芸館 床
  1. 01.外観:白壁をベンガラ色に塗った外壁が印象的な芹沢銈介室
  2. 02.民藝運動で活躍した巨匠の作品がズラリ
  3. 03.床:木レンガが敷かれた床。レンガの組み方はもちろん、足裏から感じる空気感までデザインの一部
赤い壁がレトロでいい感じ!

大原家の別邸として建築。今は市民の憩いの場に。

新渓園(しんけいえん)

大原美術館の一角にある新渓園は、孫三郎の父・大原孝四郎が還暦記念の別荘として、1893(明治26)年に建てたものです。園名は、孝四郎の雅号「新渓」から名付けられました。季節の木々、鯉が泳ぐ池を配した美しい庭園を一望できる56畳の広さの敬倹堂(けいけんどう)、本格的な茶室を備えた游心亭(ゆうしんてい)があり、今は一般開放され、結婚式や茶会の会場として使われることも。庭園は無料で見学でき、自由に散策を楽しめます。初夏の新緑、秋の紅葉など四季の美しい景観に癒されます。

  1. 写真:新渓園の庭
  2. 写真:新渓園の庭
  1. 01.新渓園の庭
  2. 02.季節によって表情を変えます
詳しく見る 四季折々の風景が楽しめます 秋は紅葉がとってもキレイ!

鑑賞後はココに立ち寄り

孫三郎の事務所跡を喫茶店にリノベート エル・グレコ

写真:エル・グレコ外観

總一郎の「美術館に来た人たちが休むための場所がほしい」という提案で開店。かつて大原孫三郎が事務所として使っていた大正末期の建物を、カフェに再生しました。大原家の家紋が入った扉、上げ下げ窓など、当時の面影が随所に残った空間で、4種類の豆をブレンドしたコーヒー(500円・税別)などが味わえます。

information

TEL 086-422-0297

営業時間 10:00~17:00

定休日 月曜(祝日の場合は水曜)

總一郎が愛した信州そば あずみ

写真:あずみ外観

1966(昭和41)年、總一郎の好意で信州から倉敷へ移転。以来約50年、信州の味を守り続けています。倉敷紡績の三軒長屋の社宅を改装した空間でいただけるのは、複数のそばの実を皮ごと挽いた香り豊かなそば。その味を總一郎は気に入り、度々訪れたといいます。總一郎が亡くなった今は、仏前の總一郎を偲び、打ち立てのそばを旧大原家住宅へ毎朝届けることが日課となっているといいます。

information

TEL 086-422-8970

営業時間 11:00~20:00
(OS19:30)
※水曜は~19:00
(OS18:30)

定休日 月曜(祝日の場合は翌日)

歩いたらお腹すいた~
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