くだものの女王 マスカットの里・船穂
果物の女王と呼ばれるにふさわしい上品な味と香りのマスカット。
いまやおいしさ、生産量とも日本一を誇る岡山県。
間もなく初出荷を迎える県内最大の生産地、倉敷市船穂地区をたずねました。
マスカットの里
「朝日から夕日まで一日中日当たりがいいのが船穂のいいところです」。船穂地区でマスカット栽培を指導するJA岡山西の営農部の河田義一さんが言います。
船穂地区のマスカット栽培がここまで伸びてきたのは、太陽の恵みを最大限に利用できる立地条件にほかならないと。
あらためて船穂地区の地形をみると北に小高い丘陵地、南には遮蔽物のない平地が広がる。
丘陵地の斜面にはマスカット栽培のビニールハウスが張りつき、ハウスと民家が混在する船穂らしい光景。
南の水田にもまたハウスが列をつくり、いずれもが一日中太陽と向き合っています。
ハウスはエメラルドグリーン
船穂地区でマスカットを栽培する農家はおよそ80戸。
丘陵地での栽培はピークに達し、現在は水田が連なる平地に進出してきています。
河田さんといっしょに訪ねた船穂町ぶどう部会副会長の中桐久雄さんのハウスは、南の平地にありました。
鉄骨づくりの立派なハウスは3棟が加温栽培、1棟が無加温で、加温のハウスでは出荷時期ごとに小さな粒のハウスからより大きな粒のハウスと分かれていて、みどりのきれいな房が数え切れないほど垂れ下がっています。
マスカット栽培のむつかしさ
中桐さんは出荷まであと1ヵ月となったハウスでひとつひとつの房を見て黒っぽい陰りの出た粒(生理障害)を取り除いていました。
「マスカットに触ったらいけないんです。」この時期に欠かせない作業だそうで、中桐さんは専用の小さなハサミを器用に動かして房に触らぬよう切除していきます。
「一年中気の休まる時がないんです」。
マスカット栽培は気配り、目配りが1日たりとも欠かせないといいます。
最も気を使うのはハウス内の温度と換気です。
毎年、12月に加温をスタートさせますが、その直後の発芽期は特に気をつかうそうです。
今はどこのハウスも温度の調整や自動換気をする装置をつけるようになり、ほぼ25度の温度が保てるようになりました。
河田さんは「ブドウどころの山梨県でもマスカットをつくりこなせない。それだけマスカットづくりは手間暇がかかって難しいんです」といいます。
そんなわけですから、いま他府県でマスカットを栽培するところはほとんどなくなったそうです。
明治からの伝統栽培
マスカットは明治19年、岡山市の津高地区で始まり、その後県南の各地で栽培されるようになりました。
いまでは、岡山市の津高・一宮・御津地区、赤磐市の山陽町、瀬戸内市の邑久町などでも栽培されています。
中でも質、量とも突出している船穂地区です。現在こそ生産量が落ちたもののピーク時には8億円の出荷があったといいます。
ここ数年の減少は、栽培農家の高齢化と燃料の重油高騰による経営圧迫が主な原因です。
種なしマスカット
新しい動きもあります。マスカットの味と香りをそなえた種なしマスカットをつくろうというものです。
種なしマスカットは消費者の要望も強く、中桐さんも数年前から取り組んでいます。
種なしには一応成功したのいですが、房の整形が芳しくないといいます。もう少し時間がかかるそうです。
河田さんや中桐さんの話を聞いていますと、明治以来、船穂地区で代々受け継がれてきたマスカットづくりの伝統が脈々と生きていて、これからも最高品種のマスカットを作りつづけるという気迫が伝わってくるのでした。